三重テレビ『ゲンキみえ生き活きリポート』2015年9月13日放送

今からおよそ400年前、大阪夏の陣に出陣し、討ち死にした三瀬左京祐の供養を起源とする地域の伝統芸能を、次の世代の子どもたちに継承!
文化を踊って未来へ伝えます!

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『下三瀬(しもみせ)かんこ踊り』は毎年8月14日に、大台町下三瀬にある慶雲寺(けいうんじ)で繰り広げられる伝統芸能行事です。
その歴史は古く、今からおよそ400年前、大阪夏の陣に出陣し、討ち死にした
三瀬左京祐(みせ・さきょうのすけ)の供養が起源とされています。

そんな地域の伝統芸能を、次の世代の子どもたちに継承しようとがんばっているのが、『下三瀬かんこ踊り保存会』のみなさん。
現在のメンバーはおよそ30名。
これまで自治会や消防団で維持してきた活動を、平成15年から引き継ぎ取り組んでいます。

 

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この日は8月14日の本番に向けて練習中。
『下三瀬羯鼓踊り保存会』の会長・前納重夫さんに、かんこ踊りの練習についてお聞きしました。

「毎年練習は8月1日からスタートします。1日1時間で約2週間。
ほぼ毎日練習するんです」

毎日とは大変ですね!

 

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「練習は今年に入って2回目。去年も踊りました」

と、練習中の女の子。

「私も中学から高校まで踊っていました。
自分が使っていた道具を子どもが使っているのを見ると、感慨深いですね」

と、保存会の角谷健さん。

 

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慶雲寺の境内でも、本番さながらの練習が行われます。
この日は、若手メンバーの参加が少なく、保存会のみなさんが代役として太鼓などの楽器を担当していました。

 

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「当日は、若い高校生や大学生が踊ってくれるのですが、今日は私が代役を務めています。倒れそうです」

と、保存会の森本正人さん。
重い楽器を持って踊るのは、とても大変だそうです。

当日は『ささら』と呼ばれる踊り手が8人、大人と太鼓が8人、さらに大太鼓・鐘、音頭を取る人、そして法螺貝が4〜5人ほどが登場します。

 

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「私も小中高校とやっていました。一度離れましたが、ここ5〜6年はまた参加しています。
やはり思い入れがありますね」

と、保存会の前納洋平さん。

「亡くなった人の供養もあるし、先輩たちの意思を受け継いで、伝統を守らねばと思います」

と、保存会の鈴木さん。

 

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そして『下三瀬羯鼓踊り』当日。
保存会のみなさんによる準備が進められています。
朝7時から、提灯やぼんぼりなどの飾り付け。
保存会のみなさんは、少しでも祭りを盛り上げようと、かき氷やヨーヨー釣りなど、出店の準備です。

 

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「他の地域に出ていった人もお盆には郷土へと帰ってきます。
みんなが苦労をいとわず頑張るのは、その人たちに喜んでもらうためというのが大きいですね」

と、保存会の前納俊郎さん。

「年に1回の「かんこ踊り」ということで、準備もしっかりしました。
あとは本番を待つのみです」

と、同じく保存会の中西宏樹さん。

 

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一方、集会所の中は、本番を間近に控えて、衣装の着付け中。
重い太鼓や飾りを固定しなくてはならないので大変です。
なんとこちらの男性は、踊りを始めてからおよそ18年の大ベテラン!
着付の指示もしています。

 

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そして、いよいよ本番。
見守る地域のみなさんに頭を下げつつ、境内へ出ます。
大きな円陣を組み終えたら、踊りのスタートです。

 

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右に左に軽やかに、そして、元気いっぱいに。
夏休みの夜を練習にあててきた子どもたちが、境内を舞います。
経験豊かな先輩たちが、しっかりと先導し、さらに、保存会のみなさんがそれを見守ります。

下三瀬の夏の恒例行事にして、最大のイベント。
『下三瀬かんこ踊り』は、400年の歴史を遡るように延々と続けられます。

 

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踊りの時間は、およそ1時間。
見守る地域のみなさんも、うちわで風を送って踊り手を応援。
まさに地域に根ざし、地域と共に続けられてきた踊りなのです。

 

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「ちょっと恥ずかしかった」

「とても緊張したけど、上手に踊れたと思う」

今年初めて踊った子どもたち、やりとげた表情をしていますね。

 

「先祖から伝わったものを今年も踊ることができ、とてもうれしいです。
後輩も育っているし、頼もしいですね」

と、保存会会長の前納重夫さん。

 

踊ること。守ること。
次世代へ伝えること。
そこには、何の理由もありません。

先祖と、地域と、仲間に感謝して。
また来年も、輪になって踊ります。